体験版のプレイ時から期待をしていた「A Space for the Unbound 心に咲く花」をクリアしました。
クリアしたのは1月の発売直後でしたが、本作を自分の中に落とし込むのに時間が必要だったといいましょうか。とても大きな衝撃を受け、記憶に残る1作となった、本作の感想&レビュー記事です。
「A Space for the Unbound 心に咲く花」とは…?
「A Space for the Unbound 心に咲く花」は、インドネシアのゲームスタジオ「Mojiken Studio」と「Toge Productions」が(再び)タッグを組んだピクセルアート作品。90年代後半のインドネシアの田舎町を舞台にした、のどかな町に突如現れた異変、超常能力が融合した、青春アドベンチャーゲームです。
その他概要は、Demo(体験版)の感想記事でファーストインプレッションとともに紹介しています。
★「A Space for the Unbound 心に咲く花」のDemo(体験版)の感想(↓)
2023年現在の対応機種は、Switch、PS4/PS5、Xbox、Steamなど充実しており、SwitchとPS5はパッケージ版もあります。価格はハードやダウンロード版/パッケージ版で変わりますが、定価2,300円~2,900円程(パッケージ版は約4,000円)。
筆者は体験版(序章と1章)をプレイした際の瑞々しい世界観に惹かれ、予約して発売日を待っていました!
ちなみに…「コミック付き設定資料入りCD-ROM」が特典のエビテンストアでSwitch版を購入しました。
パッケージ版の購入特典「オリジナルサウンドトラック」ももちろん付いてます。資料とサントラ、いずれも別料金でSteamなどでダウンロード配信も行われています。
あらすじ(概要)
主人公のアトマは、卒業後の進路に悩む男子高校生。
ニルマラと呼ぶ少女と一緒にファンタジーな物語を創作しており、物語は最終章が思いつかずスランプ中…。
そこで、2人は「魔法の赤本」と呼ぶ、悩みを持つ人の心に入り込み、悩みを知り、介入(手助け)することができるアイテムを使い、問題を解決することに。
そしてこの「力(チカラ)」を「スペースダイヴ」と名付けます。
物語が完成を迎えようとしたその時…とあるハプニングにより危機的状況に陥ったアトマの目の前は真っ暗に…。
目が覚めたアトマの前には、恋人であるラヤの姿。
学校の机…
放課後…
居眠りをしていた様子。
《ニルマラとの出来事は夢?》
矢継ぎ早に飛び交う現実と、期限が迫った進路相談から逃避し、ラヤ(カノジョ)と「やることリスト」を作るアトマ。そのまま学校から逃げ出し、ラヤとデートへ行くことになります。
目覚める前の夢(?)のことも忘れ、何気なくも甘酸っぱい日常を味わっていた矢先…ラヤもまた不思議な「力」を使えることを知ります。
ラヤが使う「力」は、木から落ちたアトマを助けたり、ポケットの小銭を増やしたり、映画を特別上映にしたりと、目の前の現実を変えること。印象としてはラヤが意のままにコントロールする都合の良さを抱きますが、その反動による彼女の体への負担は大きく、「力」を使い過ぎた結果、ラヤは体調を崩してしまう程です。
さらに「力」の乱用は、世界への悪影響をも生み出している様子…。
そんな「力」に翻弄され、終末が迫る世界からラヤを助けたいアトマは、学校で拾った「魔法の赤本」を使い、「スペースダイヴ」を試みます。
そして夢(?)と同様に「魔法」を使うことが出来たのです。
《ラヤは何者なのか?》
《ニルマラはどこにいるのか?》
《どれが、なにが、現実(夢)なのか?》
「力」の存在を知り、さらにその「力」がきっかけ(原因)で、アトマとラヤの日常は世界を巻き込んだ大きなうねりを生みながら、”真相”へと近づいていくことになります。
「A Space for the Unbound 心に咲く花」の感想
世界の全て
本作で過ごす時間は、長い人生における、短い青春のひととき。
そんな物語の根底にあるのは、1人の人物の精神世界までもを知り尽くし、「受け入れる」「乗り越える」という前向きなメッセージを携えた《解放》と《成長》です。
第一印象として「超常能力」や「異世界」を描き、謳っている本作ですが、全ては(作中における)現実に紐づいており、真相にて知り得る事象です。クリアしたからこそ伝えたいのは、深層心理や(個人の)成長といった人間味の強い部分をこれらのファンタジー要素に乗せ、(複数種の)ピクセルアートで描いた演出力。
どれだけでもリアルに表現できる現代技術において、”あえて”ピクセルアートで本作が制作されたことは、プレイヤーに解釈や想像の余地を与え/委ねているのだと感じました。
これは歳を重ね、大人になった大多数のプレイヤーに、学生生活や目の前のことだけが世界の全てだった10代後半の”あの頃”の、酸いも甘いもを蘇らせることでしょう。
特に青春というアクセントが大きく作用しており、言動行動といった立ち振る舞いは思春期特有の感情の不安定さを持ち、それを存分に味わうことになります。
その喜びも、悲しみも、怒りも、悩みも、、、
そんなもう戻ることのない過ぎ去った日々を思い返し、抱えるものの性質や大小の違いは数あれど、きっとあなたも歩んできた等身大の物語として本作は愛おしいのです。
作中では、ラヤに好意を抱くエリック、仲違いをしているルル、親友のマリンの3人が章立てに登場するラヤを取り巻く世界のキーパーソン。悩みを抱えた彼らの「成長」もまた、本作に描かれた青春物語の1ページとなっています。
そして「スペースダイヴ」による一個人の心の中は、他人に見せないからこそ抱えている本音や、むき出しの感情が生息しており、プレイヤーはアトマとしてそれらと対峙することにもなります。
そんな直接言葉には出来ない蓄積されたモヤモヤや、複雑な想いを、前向きなメッセージを込めて解放へと導く本作。クリアまで約10時間は「これぞアドベンチャーゲーム!」と讃えるにふさわしい完成度です。
システム面
本作は2Dマップで町の中を移動し、【調べる】/【話す】/【(アイテムを)使う】といった、気になるポイントに近づくことでアクションマークが発生し(➡)行動を取るというシンプルな謎解き&探索アドベンチャーゲームです。
しかし”謎解き”と一言にいっても、(オマージュ全開の)コマンド入力バトルや、討論会、QTE操作などの【ミニゲーム】から、アイテム活用(探索/使用)の【おつかい】など、やることは多岐に渡っており飽きさせない作りになっています。
ここにさらに、瓶のフタ集めといったコレクション系の【収集】も含まれ、これらのほとんどが序盤にラヤと作成した「やることリスト」と連動していることで、世界に溶け込み、醸成されています。
基本的に難易度は高くなく、失敗によるペナルティもありません。
プレイヤー任意の項目も複数ありますが、リスト埋めに際して特段苦となる場面もないため、どこか懐かしくも美しい町を隅々まで調べ尽くし、リストの達成率を高めて《真エンディング》に辿り着くことをオススメします。
ちなみにリストの1つである「”ギャン泣き”しちゃう音楽」は、最高のファンサービス。「When the Past was Around 過去といた頃」をプレイ済みの方は必見です。
★「When the Past was Around 過去といた頃」の感想(↓)
ひとつだけ少しややこしく感じたのは、マップ内=現実で起きている側の謎解きと、「スペースダイヴ」によって入り込んだ心の中での謎解きが入り乱れ、中盤には新たなアイテムと世界が構築されることもあって、自身の所在が分かりづらいこと。
さらにいずれにおいても前述の【ミニゲーム】や探索が絡んでくるため、【おつかい】のための【おつかい】が生まれるといった、あらゆる行動を取る(取らされる)システム面もまた、(物語における)現実と夢/虚構を良くも悪くも曖昧なものにさせていると言えます。
これは唐突な場面転換が章によって切り替わる(と見せる)ことでマイルドになってはいるものの、「ラヤを助ける」という本来の目的から逸れやすく、ストーリーの冗長さを感じてしまう危険性があるようにも思いました。
ただ、どうしても言っておきたいのは、本作で描かれた全てに意味や理由があること。逆に言うと中盤までそれが分からないのがやや難点とも言えます。
しかしそこまでに積み重ねた出来事が繋がりを見せる怒涛の後半(終盤)は圧巻。扱っているテーマがセンシティブな面もありますが、その問題(トラウマ)をある人物が乗り越えていく様を描いた1枚1枚のピクセルアートは息を吞むほど。
筆者の足りない語彙力では「素晴らしい」という言葉でしか表せないのですが、逆にそれ以外の言葉はいらないかな…と。遊んで見てもらうのが何よりの全てです。
本編が終わりを迎えてもこれからも続いていく人生。
「忘れないけど前を向いて生きていく」心地よい余韻の残るラスト。
Masdito “Ittou” Bachtiar氏による素晴らしい音楽(BGM)と、小川公貴氏による心を動かす翻訳も相まって、アドベンチャーゲームを愛する全てのユーザーにオススメしたい、筆者の心に残る1作になりました。
© 2022 Mojiken Studio and Toge Production.